アホ社長のブログ

第5回・廃墟ツアー。

5月1日(火)と2日(水)は我社は暦通りに仕事でした。特に2日(水)の14時からは地元の「商工会会議室」で例の「実行委員会」があり、更に20時頃には親しい知人が仕事関係で訪ねてくれました(30年以上の付合いです)。とても有難い事です。私(KOBA)は翌朝の旅行準備の関係で泣く泣く用件等を先に済ませて頂き、その後は父親と母親に応対を御願いして先に就寝しました。知人の帰宅は深夜1時半過ぎだったとの事でした(爆)。予定が少々狂ってしまったためか事前に準備していた用具(防塵マスク・目薬・タオル類等)を忘れてしまいました(悲)。それでも身に染み付いているのか「デジカメ」、「マップ」、「マリンブーツ」、「懐中電灯」、「熊除けの鈴」、「ナタ・ノコギリ類」、「登山用ステッキ」等は忘れませんでした。

5月3日(木・憲法記念日)は朝5時半に起床でした。6時20分に我社駐車場集合で「音楽・映画・ゲーム仲間」でもあるピンクヒヨコさん(4回目の参加)と弟の蛇メタと3人相乗りで「第5回・廃墟ツアー(道央・道北方面)」を決行するために6時半に出発しました。今回のツアーは今までで1番遠い場所です。約7ヶ月振りのツアーのため気合が入ります。「日勝峠」は天気が悪くて雨もチラホラと降っていました。GW後半初日のためか7時半頃に休憩タイムのため寄った「日高道の駅」は凄い数の観光客等でした。ここから札幌方面と苫小牧方面へ分かれて行きます。私達の向かった苫小牧方面は閑散としていてスムーズに移動出来ました。途中の平取町の某コンビニ店で朝食(「サンドイッチ」等)を購入(食べたかった「ぺペロンチーノ」が売切れていました)して出発する時、ピンクヒヨコさんの会社同僚が偶然同駐車場にいました。彼は函館方面へ行く途中でした。ちなみに、この日は私の祖母の「一周忌法要」のため母親や親族等は帯広市内へ外出となりました。長女(高2)は札幌在住の懐かしい友人達とJRで帯広市内へ行き、次女(中2)は「部活動」のようでした。

「日勝峠」を過ぎてからは良い天気になりました。温度もグングンと上昇して来ました。10時頃に札幌の実家からやって来る「TBFメンバー」でもあるバンディッツさん(3回目の参加)と苫小牧市の某コンビニ店で待合せて無事合流しました。彼は奥さんの軽自動車でやって来ました。その後同メンバーである苫小牧市在住のDEMさん宅付近まで一緒に移動しました。電話連絡すると直ぐにDEMさん(初参加)が面白い車で迎えに来ました。到着後、前日からDEMさん宅に宿泊している十勝の同メンバーであるFMさん(初参加)が室内に隠れていました(爆)。冗談です。DEMさんの「ブログ日記」を朝早く読んでから出発していたため何となく予感はしていました。彼は「甲虫(オサムシ等)採集(トラップ仕掛)」のために来ていました。日程が合えば前々日宿泊していた十勝の同メンバーであるこたにさんにも会う事が出来たかもしれません。ニアミスでした。残念です。それにしても人気の高い宿泊施設ですね(笑)。

DEMさん飼育の「クワカブ」や「爬虫類・両生類」等を一通り見学した後はFMさんと蛇メタの2台の車相乗りで苫小牧市内の「廃墟巡り」の決行となりました。参加者はDEMさん、FMさん、バンディッツさん、ピンクヒヨコさん、私達”アホ兄弟”の6人でした。DEMさんの案内で最初に有名な廃ホテルである「白鳥○観光ホテル」へ行きました。平成4年頃まで何とか稼動していたとの噂です。廃墟年齢は約15年ですからそれなりに朽ちています。サバゲー(サバイバルゲーム)のBB弾が大量に床に散らばっていました。作品(写真)系・心霊(肝試し)系・破壊系(サバゲー・落書き・犯罪系含む)等マニアのメッカのためか価値としては既に駄目になりつつあります。

次に廃モーテルの「エ○ペラー」と「ロ○ヤル」へ行きました。ここでは設備関係の部屋を見た時に私の携帯電話の首掛用ストラップの金具が金網に引っ掛かって切れてしまいました(汗)。そのため紛失防止のためポーチの中に入れて持運ぶ事にしました。管理されている廃墟のためか客室等には入れません。ここでは外観の撮影のみでさっさと引上げる事になりました。修理すればまだ使える建物だと思います。

その後、廃パチンコ店の外観撮影をして近くの某コンビニ店で飲料水等を購入する事になりました。最後にまたまた有名な廃ホテル「ニュージャ○ン」へ行きました。ここでは8階に火災跡もありそれなりに生々しい状態です。死人の噂もインターネット上では流れていました。心霊系・肝試し系マニアは喜びそうな廃墟ですが夜間は危険過ぎます。日中でも危ないと思います。エレベーターや配管類のパイプシャフト等のポッカリ開いた穴に落下したら助かりませんよ。最上階の客室等は最近何者かが捨てた大量のゴミ(臭い!)で気分的にガッカリでした。場所に関しては市内の良い所にあります。解体費用と産廃処理費用が相当掛かると思います。それでこんな状態なのだと思います。

上記探索後(正午)は巨大ショッピングセンターの「イ○ン」のレストラン街で昼食(私は「オムレツハヤシライス」注文)を取る事になりました。昼食後はDEMさん宅へ全員で戻り14時頃に解散となりました。充分に満足した「廃墟巡り」でした。DEMさん、FMさんとはここで別れました。彼らはその後「トラップ仕掛」をしに行ったようです。ホント御苦労様でした。御世話になりましたわぁ。

蛇メタとバンディッツさんの2台の車相乗りで「道北方面」を目指して出発しました。車中で長男(小4)から私に携帯電話があり用件を済ませた直後、偶然にも栗沢町の廃ドライブイン「○豊」を先頭を走る蛇メタが発見しました。昨年(2006年)9月決行の「第2回・廃墟ツアー(道央方面)」の時に発見出来なかった廃墟の1つです。簡単に分かる場所でした。全然見当違いの方向を当時は探していました。内外観等の撮影をした後再出発する事にしました。

再出発から約30分後に携帯電話を上記の場所へ落とした事に気付きました(大汗)。バンディッツさんとピンクヒヨコさんに先に行ってもらう事にして私達”アホ兄弟”は戻る事になりました。到着後蛇メタに電話を掛けてもらうと「○豊」の敷地裏で着信音が元気に鳴っていました。何にせよ発見出来てホッとしました。発見直後に先に実家のある羽幌町へ行っている(朝4時に十勝を出発したらしい)kodomoさん(2回目の参加)から連絡がありました。約1時間のタイムロスを彼に伝えました。痛たたた...もう落とさないように応急用の首掛用携帯ストラップを作りました。家内(KOBA♀)にも上記の事情を伝えました。ちなみに、「ネットワーク・ビジネス」で御世話になっている先輩(帯広在住)と知人女性(札幌在住)が私の留守中に来訪したようです。会えなくて残念でした。

羽幌町到着寸前(19時半頃)に何故か最新式のカーナビが行止まりの「墓場集落」へと導きビックリ仰天でした。暗闇の中、車のライトが反射する墓石群は一般の方には寒気がしますよね。私はこういうのが好きですので平気でしたけどね(アホッす!)。19時40分頃に羽幌町市街へ何とか到着したのでkodomoさんに連絡しました。先に到着している2人は市街の居酒屋で既にkodomoさんを含めた3人で19時頃から夕食(海鮮料理等)・飲酒をしていました。合流後は5人で楽しく「プチ宴会」をしました。私達”アホ兄弟”は腹が減り過ぎたためか追加で「中華丼」を2つ(1つは大盛)注文しました。21時過ぎに解散して5人で市街某旅館へ行きました。旅館(和室)の手配等は全てkodomoさんがしてくれていました。ここで別れてkodomoさんは実家へ帰宅しました。私とバンディッツさんが相部屋、蛇メタとピンクヒヨコさんが相部屋の2部屋に分かれて宿泊する事になりました。ちなみに、浴室は混浴でした。若い女性も宿泊していましたよ。トイレも男女共同でした。

5月4日(金・みどりの日)朝7時半集合で専用座敷にて朝食(和食)を取りました。8時半にkodomoさんが迎えに来て旅館をチェックアウトしました。早速、kodomoさんの案内で今回のメイン廃墟となる羽幌町の「築別炭鉱」の跡地へ行く事になりました。kodomoさんと蛇メタの車2台相乗りで出発する事になりました。参加者はkodomoさん、バンディッツさん、ピンクヒヨコさん、私達”アホ兄弟”でした。廃消防署、廃病院、廃アパート群等を見学しました。ここは保存の良い奇麗な炭鉱跡地だと思います。5月1日(火)に昼のTV番組で全国放映(特集)されたためか観光客や写真家、同業者等が車で次々とやって来ました。ここは昭和45年に閉山したようです。その後は近くの「太○小学校」へ行きました。昭和46年の閉校後は研修施設「緑の○」として昭和63年7月頃まで稼動していたようです。ここも管理されていて奇麗な廃墟でした。皆さんで記念撮影をして満喫した後は一旦羽幌町市街へ戻り、3台の車相乗りで苫前町へ向けて再出発となりました。

隣町の苫前町では「ベアーロード」の終点(山奥)にある「開拓当時の悲話・三毛別羆(ヒグマ)事件跡地」へ行きました。ここは大正4年12月9日・10日に重量380kgの冬眠に失敗した巨大熊によって現地の女性や子供達が次々と喰殺された(計7名)日本史上最大の獣害事件が起こった場所です。現在(平成2年~)は当時の建物や羆等が復元されていて観光地となっていますが、ホントに羆が出没しますので細心の注意が必要です。羆の模型はメチャメチャ大きいです。色々な地域から観光客等が来ていました。興味のある方はインターネット等で検索して下さいませ。近くにある地元名物の「巨大風車」が立ち並ぶ風景を撮影した後は正午に某駐車場でkodomoさんと別れました。何から何まで御世話になり感謝感謝です。

帰宅途中となる小平町の重要文化財である「旧花田家番屋」で外観を撮影した後は4人で某小平町レストランで昼食(私は「ピリ辛ラーメン」注文)を取る事になりました。昼食後、バンディッツさんとは14時頃にここの駐車場で別れました。彼は高速道路に乗って札幌の実家へ帰って行きました。今回も参加御苦労様でした。疲れた事と思います。

ピンクヒヨコさんと私達”アホ兄弟”は留萌市→深川市(廃ホテル「深○温泉観光ホテル」撮影や中古ゲーム攻略本購入)→滝川市(中古ゲームソフト購入)→富良野市(中古CDソフト購入)→「南富良野道の駅(休憩タイム)」→「狩勝峠」→清水町某コンビニ店(夕食に私は「豚丼弁当」購入)→自宅というルートで帰って来ました。自宅到着は20時頃でした。帰宅すると音楽雑誌「BURRN!最新号」、クワカブ雑誌「昆虫フィールド最新号」、「六法・辞典・テキスト最新刊」の宅配小包や郵便物等が私の机に大量に置いてありました。2日間で「浦島太郎」になったような感じです。ピンクヒヨコさんとは駐車場で別れました。翌朝(5月5日・土)彼は職場上司と「山菜採り」のようです。4月29日(日・昭和の日)の「第9回・廃盤CD&DVDソフトツアー」との連続参加御苦労様でした。

この日(5月4日・金)は朝6時台発のJRで家内・長女・次女・長男の4人は札幌の実家へ行きました。その後「大通公園」でそれぞれ別の目的で札幌へ来ている友人家族の子供達と待合せてショッピング等をして来たようです。旦那が不在(別行動)なのは3家族中で我家だけです(苦笑)。帰宅は23時頃でした。皆さん御苦労様でした。ちなみに、家内の母親からの御土産として本格的な「熊除けの鈴」を頂きました。これで何個目の鈴でしょうかねぇ(爆)。

本日(5月5日・土・こどもの日)は通常通り起床してこの日記を一生懸命に書いています。途中で長男に頼まれて帯広市内の某ゲーム量販店へ買物に行きました。長女は本日と明日(5月6日・日)の9~17時までアルバイトのようです。本日のアルバイト終了後は家内と次女と一緒に市内駅前にある某百貨店へ行く予定です。私はこれから約半年分溜まった「CDソフト整理作業」の予定です。8時間以上は掛かると思います(大汗)。

続きは次回に。

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